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2004年5月 「あなたがRAと診断されるまでの道のり」
日時: 2004/05/01 12:56
名前: けんけん

皆さんはどういう道のりを経てリウマチと診断されましたか?
簡単に診断がついた方もいれば、長〜い道のりを経てされた方もいらっしゃると思う
し、今現在、その道のりの途中にいらっしゃる方もいるかと思います。

皆様からの、このくらいの期間を経て、こんな検査結果を基に診断された、という
お話、お待ちしております。

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最後に ( No.20 )
日時: 2004/06/01 00:50
名前: けんけん

このスレは診断への道のり、ということでリウマチャーはもちろん、現在診断のつかない関節痛があって、こちらを覗かれている方もいらっしゃるかと思います。

これから専門医を受診される方がいらっしゃるなら、下記の項目について答えを整理しておかれるとよいかと思います。


・こわばりはありますか?ある場合、どのくらい続きますか?
・あなたの痛みは一個所の関節に限られていますか?それとも複数ですか?どの部分に痛みを感じますか?
・いつ、痛みを感じられますか?
・その痛みはどのくらい続きますか?
・初めてその痛み気づいたのはいつですか?
・その初めて痛みに気づいた時、あなたは何をしていましたか?
・起床後、身体を動かしているうちに、痛みは楽になりますか?それともひどくなりますか?
・痛みに繋がった(原因になった)と思われるような病気をしたり、事故にあった経験がありますか?
・痛みのほかに、なにか症状がありますか?
・あなたの家族や親戚の方で、なにかの関節炎にかかっている方がいたり、慢性病や免疫異常の病気にかかっている方がいますか?
・現在、どんな薬を服用されていますか?


痛みは日によって変わることもあり(特にリウマチ初期は!)、診察時にいつもの痛みがあるとはかぎりません。だから診察を受ける前に、あなたの痛みや症状について予め答えを整理しておかれると慌てることなく、正確にそれらを伝えることができると思います。

これらは受診時に、血液検査、レントゲン、触診などと合わせて、診断をする上での手がかりに繋がるかもしれないので、できるだけごあなたの現状に沿う答えを用意し、診察に望んでみてくださいね。
ゆんさんへ ( No.19 )
日時: 2004/06/01 04:50
名前: けんけん

ゆんさん、はじめまして。
ゆんさんもHPお持ちなんですね。こちらの書き込みと合わせて、HPもちょこっと覗かせていただきました。


> 「リウマチ」はお年寄りの病気だと思っていたのは事実です。

実は私も自分が病気になって初めて、リウマチが若い人にも起る免疫異常の病気なんだと知りました。
だから周りの人達がリウマチについて誤解してしまっているのも仕方のないこと!、と思いつつ、地道〜に周囲の人への広報活動行なってます(笑)。
最近はリウマチについて、TVで取り上げられる回数も増えてきたようで、誤解も解けつつあるのかな。


> その後は、占い師、お祓い、針、按摩、、、よくわからない整体もどき、温泉、、、、と、あれこれと続くのですが(苦笑)
両親がどれだけ必死だったか。

ゆんさんのご両親、いろいろ試されたのですね。我が子を思うお気持ち、痛いほど分かります。現在ゆんさんは寛解されているとのことで、ご両親も大きく安堵されているのでは。


挫折・・・私もいろいろな場面ででくわします。「私なりのペースで生きていく」、っていいですね。あと、ゆんさんのHPのタイトル「まっすぐいこう」っていうのも。

ゆんさんがこのまま寛解状態を維持していかれますように。
すべりこみ投稿、ありがとうございましたっっ。
あの頃の記憶 ( No.18 )
日時: 2004/05/30 14:17
名前: ゆん
参照: http://yun33.hp.infoseek.co.jp/

けんけんさん、みなさん、はじめまして。
月末になって飛び込みです(苦笑)

私がリウマチと診断されたのは、今から21年前になります。当時7歳でした。

そのため、自分自身の記憶としては残っていません。両親から聞いた話として書かせていただきます。(私の場合・・・特に小学校時代の記憶が他人より薄いように思います。たまに・・・記憶がよみがえりますが。)

冬から春になろうという2月でしょうか。
玄関先で靴下を祖父に履かせてもらっている私。おじいちゃんっ子で育っていた私だったので、両親は「また甘えている」程度にしか思っていませんでした。しかし、それが何日も続きます。どうやら、握力低下か、、、痛くて力が出なかったようです。
おかしいと思った両親は、私が産まれたところでもある個人の小児科に連れて行きました。医師がみてもよくわからない。そして、よくわからない注射を打たれました。週1くらいで何回通っただろうか。
よくなる気配がないため、隣の隣の市の市民病院の整形外科に。そこでは、すぐに「若年性リウマチ」と診断されたようでした。整形外科の一番偉い医師が主治医となりました。(のちに、市民病院の院長になられ、現在は退職しています)
子供のリウマチを診るのは初めてのようでした。
シオゾールと、飲み薬での治療がはじまりました。

でも、不安な両親。「リウマチ」はお年寄りの病気だと思っていたのは事実です。
少し遠い県立病院へ連れて行かれました。そこでの医師の判断は「治療は同じだから、遠くに通うより近くに通う方がいいですよ。こちらに通ってもいいけれど、一から検査もしなおしになりますし。」と言われ、両親は納得したようです。

その後は、占い師、お祓い、針、按摩、、、よくわからない整体もどき、温泉、、、、と、あれこれと続くのですが(苦笑)


あの頃の記憶は曖昧ですが。
両親がどれだけ必死だったか。どれだけ娘の将来を心配したか、、、そう思うと、切なくもあります。
あの頃、たくさんの人に甘え、そして、たくさんの人にありがとうを言いたい今の私です。

さて、現在の私ですが・・・シオゾールが合っていた私は15歳から安定し、現在は寛解状態にあります。
たくさんの挫折もありますが、私なりのペースで生きています。

読んでいただきありがとうございました。
はなさんへ ( No.17 )
日時: 2004/05/30 13:46
名前: けんけん

はなさん、はじめまして。道のり、お話下さってありがとうございました。

>数値が低いのと、腫れがあっても左右対称じゃない事、第二関節は一箇所しか腫れが無いことなどから、RAと判断されるまでにはかなりの時間がかかりました。

この診断が下りるまでの空白の期間が辛いですよね。
病気と診断されたら諦めもつきそうなものですが、中途半端な状態で痛みがあって、でも治療が始まらず、不安でいっぱいで。

最近は数値の低い方の為に、新しい検査項目もでてきているようで(と、いってもこれらも確実なものではないんですが)、グレイゾーンにいる方々の診断の糸口になりつつあるそうです。


>専門の個人病院に変わると、いきなり金剤の治療が始まり、骨にも異常が見られ、人工関節の話になりまし悩んだあげく、漢方医で治療することに決めました。

人口関節の話があがる中、抗リウマチ薬である金ではなく漢方を選ばれたって、かなりおもいきった選択でしたね。でも漢方がはなさんにはあったようで、良かったです。

ただ、漢方で変形が元にもどる、ということはありえないです。リウマチ治療の大きなゴールは痛みや腫れを無くし、一度起ったら元には戻らない(不可逆な)変形や骨破壊を予防することにあるので、それが漢方薬で治るのならばリウマチ医は挙ってこれを患者に処方すると思います。
もしかしたらそれは変形ではなく、リウマチ結節の部分が元にもどったとか、こわばりで曲げられなくなった指が炎症がおさまり曲がるようになったとか、そういうことではないですか?


ところではなさんは漢方医のもと、定期的に副作用のチェックをされていますか?血液検査などのチェックなしでこれらを服用されているようなら心配です。
と、いうのも最近、私が読んだコンシューマーリポートという雑誌(5月号)に「漢方やハーヴの危険性」についての記事が掲載されていました。漢方での治療は身体にやさしく副作用がない、と思われがちですが実際そうではなく、漢方医から処方されたそれらの薬の為に腎臓や肝臓に異常をきたし、一生その副作用の為に薬を摂り続けなければいけなくなった方、亡くなってしまった方々のケースがあげられていました。

はなさんが今、漢方での治療に行き詰まりを感じられているようなら、薬の変え時なのかもしれません。大学病院での経験で不信感を募られているかと思いますが、もう一度、リウマチ専門医に治療法を相談されてはいかがですか?なんといっても専門医にお話を伺うのが一番だと思います。

また、はなさんが感じられている不安や悩みを、リウマチ仲間が集う掲示板などで相談されるのもよいかもしれません。みんな同じ悩み、痛みを持った仲間だから力になってくれると思いますよ。

少しでも早く、はなさんに合う薬が見つかって痛みが楽になりますように。お大事にね。
Re: 2004年5月 「あなたがRAと診断されるまでの道のり」 ( No.16 )
日時: 2004/05/28 22:07
名前: はな

はじめまして、はなと言います

7年前に手首をはじめ、膝、首、肩、指、足の裏、手足の指と回るように痛みが走り、大学病院に4年通いましたが、数値が低いため、はじめの一年はRAとは診断されませんでした。処方される薬は、鎮痛炎症剤のみ。徐々にではあるけれども痛みが増してきているので不安に思い、専門の個人病院に変わると、いきなり金剤の治療が始まり、骨にも異常が見られ、人工関節の話になりまし悩んだあげく、漢方医で治療することに決めました。
治療に当たった一年目は、腫れも引き、変形も元に戻り痛みで目が覚める事も無かったのですが、父親の死をきっかけに、痛みと腫れがおこるようになり、漢方での治療にもいきずまりを感じ、この先どうしたらよいのか思案に暮れています。

題名とは少しそれましたが、数値が低いのと、腫れがあっても左右対称じゃない事、第二関節は一箇所しか腫れが無いことなどから、RAと判断されるまでにはかなりの時間がかかりました。

しかし今思うと、兆しは十分に有りました。
わかっていたなら、もう少し違う道を歩んでいるんじゃないかな・・・ 
おっきぃさんへ ( No.15 )
日時: 2004/05/28 02:59
名前: けんけん

おっきぃさん、こんにちは。鹿児島バリアフリートイレ情報のおっきぃさんですね。(興味のある方はおっきぃさんの書き込みにある参照・URLからどうぞ!)

100の質問、答えられていますか。やってみると結構ボリュームあるんですよね。私もまだまだ答え終わってません。(っていうか、どこにアップするかを考え中っっ。)既に質問に答えられた方が何人かリンクをはられているようで、こちらも要チェック!な企画ですね。



> あちこちの掲示板でこの話題については書き込んでいたので、知ってる方も多いかと思いますが。

掲示板でのことは知りませんでしたが・・・私とおっきぃさんは発病した年が同じ頃で(2000年ですよね)、当時、おっきぃさんのHPをちょこちょこ読ませていただいてました。
その後、薬無しの完全寛解にまでもっていかれていたとは!リウマチャーの希望の星ですね。


> 見ただけであっさり「リウマチかも知れんなー」で、血液検査をしました。

おっきぃさんもですか!
リウマチって腫れ方に特徴がある、と言われていますが、私にはこの腫れかた、というのが全ーく分かりませんでした。・・・でも分かる方には分かる、という。


> 私の場合は、「卒論」が引き金になったんだろうなぁ・・・と思います。

卒論は心身ともにストレスになるものだけれど、今迄はそういうストレスがきても乗り切れていたのにね、不思議ですよね。どうして私達がリウマチになったのか、いつか謎が解けるとよいな。


その後、痛みはいかがですか?
一過性のものでありますように・・・お大事にね。
おっきぃさんの場合のお話、ありがとうございました。
もしかしたらまた・・・? ( No.14 )
日時: 2004/05/25 23:55
名前: おっきぃ
参照: http://okkie.hp.infoseek.co.jp/

りうまちゃーに100の質問を書きかけつつ終わらないおっきぃです。

最近、昨年末に薬中断の指示がでて以来、発症してから3年ぶりくらいにRA症状に似たものがでて「もしかしてまた・・・?」と思ったところだったので、この話題に飛びついてしまいました。

あちこちの掲示板でこの話題については書き込んでいたので、知ってる方も多いかと思いますが。

初めて痛みを感じたのは、大学4年の卒業直前、2月のことでした。卒論が終わりほっとした頃で(その卒論がまたストレスのたまるものでした・・・)、大学の体育の授業のとき、なぜか肩が上がらず・・・というか肩より上に腕があがらず(あげようとすると引っかかりと痛みがあった)、授業を見学するようになりました。そのときには教官から「運動不足じゃないの?」といわれ「そうかも」と思う程度で。

同じくらいの時期に、手指の腫れ・こわばりもありました。でも、一本ずつで、その頃リウマチなんて言葉も意識していなかった私には、先に書いたものとつながる痛みであろうとは思いもせず、突き指したものとばかり思っていました。

そのどちらの痛みも、出たり気にならなくなったりを繰り返していたある日、全身がものすごく痛くなる・・・という状態になりました。

そのときは、わからず行ったのは整形外科。
そこでは当時痛かった肩や股関節、膝のレントゲンを撮ったかな?「関節の滑膜が炎症を起こしている・・・原因はわからない」と湿布をもらっただけで終わり。

とりあえず、それで様子を見たものの、しばらくするとやはり全身が痛む日が。その頃には手指足指はまるでしもやけになったように真っ赤にはれていました。
それを見た母が「もしかしてあんた、リウマチなんじゃない・・・?」ということで、かかりつけの内科を受診。
見ただけであっさり「リウマチかも知れんなー」で、血液検査をしました。RA反応、CRPがはっきりとでて(でもものすごい高いとかじゃなく、まぁ、普通のリウマチなんでしょうね)リウマチ決定。
そこで、県内でのリウマチの権威といわれている赤十字病院へ紹介状を書いてもらい、ダブルホスピタルで通院(赤十字病院で診察、薬をかかりつけ内科でもらう)が1年くらい続きました。

あとは、・・・1年程で症状はほとんど治まり、昨年(2000年発症で3年目)12月に状態がとてもよいということで薬の服用が中断になりました。

薬を中断してからこの前まで、まったくどうもなかったのですが、先週1週間ほどのひどい雨の期間に、体がびっくりしたのか、右肩の痛み(あげようとすると引っかかりと痛み)、左手薬指の晴れとこわばり、右手手指の軽いこわばりがでて、「まさか・・・」と思ったのです。
(一般的に細かい関節から始まるといわれるリウマチですが、先に書いたように私は「肩」から始まったので、今回思わず記憶がフラッシュバックしてしまいました(><)

ちなみに、発症するまでは、一見ひ弱そうな細身の体でも、どんなストレスがきても熱も出ないし貧血起こして倒れることもないくらいタフな体でした。

私の場合は、「卒論」が引き金になったんだろうなぁ・・・と思います。その裏には、ストレスになるほかのこともたくさんあったことはあったのですが。
voloさんへ ( No.13 )
日時: 2004/05/20 20:13
名前: けんけん

voloさん、はじめまして。


> もっと遠くの巨大な市立病院に行きました。“自分が一番偉い”と思っている先生でした。この病院では患者が不幸になると思い、一回でやめました。

良いドクターに巡り合えるかどうか、というのはリウマチャーにとって大きな課題ですよね。やさしいだけの先生では病院に通う意味がないし。でも腕はよくても患者に思いやりを持てないようなドクターでは治療をお願いする気になれないし。

ドクター達からは「忙しくって、そんなところまで気がまわらない」とお言葉が飛んできそうですが、特に発病初期の痛みが強く、不安の中にいる患者にとっては、ちょっとしたドクターの心配りに嬉しさを感じたり、患者を治そうとしてくれる真摯な姿勢に心強さを感じたりするものですよね。


それから小学6年生ってまだまだ小学生だから子供だろう、なんて思われがちですが、立派な10代、思春期突入の頃なんですよねぇ。もし、小児医療関係の方達がここをご覧になっているようなら、voloさんのメッセージ、きっと届いていると思いますよっっ。


voloさんの書き込みから、JRA(若年性リウマチ)の方達が思春期にどんなことを思われながら治療を受けられているのかを垣間見せていただいた気がします。ハードスケジュールの中、ご投稿下さってありがとうございましたっっ。


====================


(*voloさんはHPをお持ちで、そちらに発病から今に至るまでの経過を書かれています。もっと詳しいお話を知りたい方はそちらをご参照下さい。voloさんの書き込みのところにウェブのアドレスがはいっています。)
大切なあの頃 ( No.12 )
日時: 2004/05/16 12:55
名前: volo
参照: http://www005.upp.so-net.ne.jp/cielo

けんけんさん、はじめまして、voloといいます。

私はあまり覚えていないのですが、その頃何があったかだけ書いてみたいと思います。ただ、順番はどうか分かりません。

10歳の頃、指から始まりました。そして、右足首と。以前友達とのプロレスごっこで腰を痛めたときお世話になっていた整骨院に通いました。また来たね、といわれ、週何日か、電気に当てたり、針をやったり、マッサージしてもらったり。お代300円を払うと、いつもその中から100円もらえて、アイスクリームやお菓子を買って来て食べながら、母や父が車で迎えに来るのを待っていました。おやつのために行くのが楽しみでした。相変わらずやさしい先生でした。でも、足の状態はよくならず、ますます歩けなくなる一方です。
一番近くの市にある県立病院に行くと、まず、小児科なのか、整形外科なのか、内科なのか、はっきりせず、結局あちこちたらいまわしに。何度か通っておそらく整形外科で、若年性リウマチを診断されたと思います。いろんなことを言われ、母は泣きました。小児科では、毎回、嫌な思いをしました。診察台に仰向けに寝かされると、おもむろにズボンを下ろされ、パンツも一緒に。鼠径部(そけいぶ)のリンパ腺を見ていたようです。その頃小学6年生とはいえ、子供ながら恥ずかしくてたまりませんでした。子供には人権はないのでしょうか。親が見ている前で、看護婦さんもいる前で、じろじろと触診されると、恥ずかしくて歯を食いしばって、目をつむって、泣きそうになって。その頃クラスに好きな女の子がいました。十分思春期です。
親が察したのか、もっと遠くの巨大な市立病院に行きました。“自分が一番偉い”と思っている先生でした。この病院では患者が不幸になると思い、一回でやめました。隣町に新しい整形外科が出来たので、そこへ転院することにしました。中学時代はそこに通っていたと思います。親の負担も減りました。先生や看護婦さんとなじみになって、楽しかったです。いつも松葉杖で遊んでいました。その頃から、先生が薬を迷ってる感じがありました。なんだかは覚えていないですが、強い薬で一気にやってしまうか、それとも今までどおり、効き目が出るのを待つか。まだ、子供に対する治療方法が確立されていない、と。
でも、やっぱり、悪くなる一方なのです。両手首はもう破壊され左足首も歩けなくなりました。ステロイド注射もしたと思いますが、効いた気はしませんでした。次の病院を捜していました。
転機は高校生でした。もっと遠くのリウマチで評判の病院を聞きつけて船で渡って通い始めたのです。月一回ですが、片道3時間掛けて送ってもらい、帰りは高校へ行き。初めての診察のとき、生活へのアドバイス、将来のこと、初めて聞きました。待合室で横に座ったおばあさんに、リウマチですか?と聞かれ、ハイ!と答えると、「あと、10年我慢してね。そしたら、おばあちゃんみたいに元気になれるから」と。母は少しむっとした表情でしたが、自分もショックを受けながらも、心のどこかでこれから迎えるべき人生なんだと受け入れなきゃと思いました。先生の言うことを聞こうと思いました。宗教はやめ、民間療法はあまりやらなくなりました。そこでも、薬に迷っている感じはありましたが、そこで使い始めた薬が効き始めたのです。

それから10数年、あのときのおばあちゃん以上には元気になれたかな。みんなにありがとうと言いたいです。
制服で通って待合室では、いつも試験勉強していました。そんな思春期でした。あのころ、そうやって過ごした自分。もし、リウマチでなかったら、今頃何してるんだろう。でも、自分にとって、大きな心の糧になったと思います。嫌な思いもしたけど、大切な思春期です。

長々と読んでいただきありがとうございます。
三毛子さんへ ( No.11 )
日時: 2004/05/16 05:15
名前: けんけん

三毛子さん、今迄、三毛子さんが発病されてから本格的な治療に入られるまでに長い時間をかけられたことは耳にしていましたが、こういう道のりを辿られていたとは!


> 発病のきっかけとしてはよく辛いエピソードが語られますが、わたしの場合は楽しい毎日のさなかでした。

三毛子さんの場合は海洋実習中(面白そうですね!なにを専攻されていたのかな?)の楽しく充実していた時だったのですね。

楽しい時期での発病って、初めて聞いたかもしれません。聞く人聞く人、「心身にストレスがかかってツライ時」に発病されていて、そういう私も御多分に洩れず、発病する半年前には心身ともにキツイ時期を過し→出産→発病という経緯を辿りました。もう少し私の場合をお話すると、産後にすぐ風邪にかかり高熱をだし、それがおさまった1、2週間後に関節痛が始まる、という経過だったんですが。(←なんだか発病のきっかけ総動員、という感じでしょうか。)



> 思い込みとは怖いものです。(^^;

ほんとにね。でも普通、医師から「RAでよかったね」とか「こんな数値で痛いわけない」って言われたら、患者なら「そんなものかな!?」「痛い筈、ないんだ」って思いますよねぇぇぇ。

痛みと炎症数値については、最近ようやく、「血液検査結果=痛み&病気の進行」という図式に結びつかない、と認識されるようになってきて、私達のような検査結果にあらわれないセロネガティヴRAにとっては(私達の痛みを、医師が理解し、治療に努めてくれる、ということが)嬉しいというか、心強いというか。

三毛子さんの発病当時と比べ、現在の病気に対する環境は確実に変わってきていて、今後ももっと良い方向に変わっていくことでしょうね。


三毛子さん、お忙しくされている中、丁寧にご自分の場合をお話くださってありがとうございましたっっ。

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